vol.2 映画監督 ダミアン・マニヴェルさん(後編)
「映画人の話を聞こう。」
映画チア部のメンバーが、映画業界で働く大人にインタビュー。
仕事内容だけでなく、仕事に対する想いやこれまでの道のりなど、
その人自身について深く掘り下げてお話を伺います。
後編では、『若き詩人』を中心に、監督の映画についてのインタビューをお届けします。
『若き詩人』は、スタッフ数名とわずか10日間で撮影された作品。南仏の海辺の街を訪れた18歳の青年・レミが、街を歩き回り、悩みながら詩作を繰り返す姿が描かれます。また、彼を通して、未来に対する漠然とした不安を抱える18歳のリアルな内面も映し出されています。
主演のレミがその場で生み出した多くのシーン
—『若き詩人』の撮影期間はとても短かったそうですね。どのようにして作られていったのかを教えて下さい。
『若き詩人』はとても自発的に作られた映画です。過去作の短編映画の時と同じ制作チームで、私はスタッフのことをよく知っていました。主演のレミ・タファネルに関しても、彼が14歳の時に『犬を連れた女』(2010)で一緒に仕事をしたので、よく分かっていました。そしてこの映画は、私が作った制作会社で、その資金、過去作の短編映画がいくつかの映画祭で賞を取ったことで得られたお金を使って撮られました。
——つまりこの映画の制作費は、監督ご自身のものだったということですか?
そうですね。映画祭での受賞によるものと、一部は私の個人的なお金です。『若き詩人』は自分で制作した最初の映画で、今年作った長編第2作に関しても私自身の制作です。次回作もそうなるだろうと思います。
——つまりダミアン監督は、監督でありプロデューサーでもあるということですか?
その通りです。
——劇中で話されている言葉を聞いていて、とても自然な感じがしました。台本はあったのですか?
一般的な意味での台本はありませんでした。あったのは2〜3ページ程度の短いもので、そこには50ぐらいの場面の情報が記されていました。「レミ、女の子と会う」「レミ、博物館へ行く」「レミ、海へ行く」「レミ、バーへ行く」「レミ、ウォッカを飲む」「レミ、詩が書けない」といった感じです。撮影前の予定表のような台本でした。
撮影に入ると、いくつかの場面や会話などをさらに書いていきましたが、多くのシーンが、主演のレミ・タファネルによってその場で生み出されたものです。我々はお互いをよく知っていたので、ロケ地の街で一緒に映画作りに取り組めたのです。ちなみに劇中に登場する詩は、実際に彼が書いています。
——レミ・タファネルさん本人が書いた詩なのですね!
例えば撮影前、私は彼に「海か何かについて詩を書いてくれる?」と頼み、彼はタコについての詩を書いてきました。こんな風に彼を導いたという程度で、きちんとした台本は書いていません。
——なるほど、しっかりした台本はなく、監督が彼を現場で導きながら作っていったのですね。
撮影期間中、毎日(台本を)書いていたという感じです。実はこの映画は、一定の撮影期間、1週間が終わるといったん1ヶ月間の中断を挟み、また1週間撮影したのです。この1ヶ月間の小休止の間に、私はこの映画についてもっと考えることができ、もう一度いくつかのシーンを書き、そして作り終えることができたのです。映画作りにおいては従来的でない方法ですね。
——カメラを動かさずに撮られる場面がとても多いように感じました。なぜ固定カメラを使うのですか?
とても好きだからです(笑)。もちろん意図してカメラを固定した状態で撮影しています。カメラを動かすパンの撮影にはお金がかかるということもありますが、私は動くカメラがあまり好きではありません。ちょっと混乱する感じがするし、画面を詳細に見つめることができません。ただ最も率直に答えるならば、固定カメラがとても好きだから、ということになりますね。映画を撮るのにはそれが最適な方法だ、というのが私の個人的な意見です。
——主人公であるキャラクターの「レミ」についてですが、彼はなぜいつも同じ服を着ているのでしょうか?
あなたはどう思いますか?
——私は……「レミ」を一種の記号、アイコンのような存在として描くために、ずっと同じ服なのかなと思いました。
そうです!あらゆる映画について考えてみると、例えばチャップリンの映画や、バスター・キートンの映画では、キートンのコスチュームはいつも同じで、とても重要な要素です。それと同じような感じで、「レミ」も常にサンダルや半ズボンといったものを身につけています。
それに、「レミ」の関心は詩を書くことにあるので、服装について気にしていないのです。劇中で、彼はものを食べることもほぼしていません。女の子に「最後に食べたのはいつ?」などと言われてますよね。日常生活に関する描写が全般的にないのは、彼が執着しているのが詩を書くことだけだからなんです。
よりリアリスティックに描こうとする場合は、毎日服を変えるでしょう。でもこの映画においては、リアリティのことは気にしていませんでした。そういう、ひとつの選択をしました。「レミ」がしていることは、一種の円環運動のような感じです。海辺の町で、同じ服を着て、ただ詩について考え続ける。衣装を変える必要はなかったんです。
——「レミ」がお酒を飲んで赤くなりながら、詩を書くシーンがクスッと笑えて、可愛らしく思えました。このシーンについて詳しく教えていただけますか?
このシーンは、「レミとウォッカ」と呼んでいます。レミは撮影の時、私に「このシーンはいつやるのか」「このシーンを撮りたい」と言っていました。でも他の場面がそうであるのと同じように、このシーンにもきちんとした方法がなかったし、まだあまりつかめていませんでした。
でもある夜、撮影にある種の転換の必要性を感じて、やってみたいと思いました。夕飯の後、レミに「ウォッカのシーンをやろう」と言い、多分2時間ぐらいだったと思いますが、この場面を撮影しました。
非常にシンプルです。レミはノートを持ち、ペンを持ち、1本のウォッカがあって、詩を書く。私は何も言っていません。彼は本当に詩を書き、ウォッカを飲み、すべて本当にやっていました。どんなことが起こるのか分からない状態でしたし、レミは実際に酔っていました。
レミとの映画作りは、ある種のファンタジー
——主人公「レミ」を演じているレミ・タファネルという俳優についてどう思っていますか?
あなたは彼をどう思いましたか?
——美しくて、魅力的だと思いました……!
彼に伝えようと思います。とっても喜ぶでしょう。(笑)
彼のことはとても好きです。『犬を連れた女』で初めて一緒に仕事をした時、私は彼をすごく気に入りました。レミは驚きに満ちた、意外性のある俳優です。彼と仕事をする時にはいつも、何かしらの驚きがあります。時に悪い意味での驚きもありますが、ほとんどがいい意味での驚きです。
なので、彼のような俳優と仕事をすることは、私にとって大きな楽しみなんです。あまり堅苦しくなくて、ある種ファンタジーのような感じです。彼は現場に新しいアイデアを持ち込み、たくさんのものを生み出します。私たちが互いをよく理解しているからこそ、できることだと思います。レミとの仕事はとても魅力的なので、今すぐでなくもっと後のことですが、彼とまた映画を作るだろうと思います。
——なるほど。その時彼にどんな役が合うと思いますか?
いい質問ですね。『若き詩人』における青年「レミ」はもちろんキャラクターとして作られた存在ですが、レミ・タファネルでもあります。つまり、役が俳優本人にとてもとても近い存在なのです。私は役を単に「若き詩人」であると言いますが、劇中の詩はレミという俳優本人の詩で、そのことは私にとってとても重要なことです。
役はレミに近く、その詩がレミ自身の詩である以上、その思考もレミのものにとても近いのです。彼の詩は不器用な感じで、いい出来とは言えないものもありますが、それをそのまま映画の中に持ち込むことが重要なのです。撮影をしていたあの夏、レミは詩を書くために大変な努力をしました。……だから、どんな役が彼に合うかと言うと……難しいですね……。
——今回の役とは全く違うキャラクターですか?それともこれに近い役でしょうか?
もしレミと別の映画を5年以内に作るとしたら、レミが演じる役はその5年以内の彼自身と近い役になると思います。多分……いくつかの私の経験と、25歳くらいになっているレミの経験とを混ぜ合わせるでしょう。そしてもしかしたら日本で撮っているかもしれません(笑)。
——フランスと日本で、この作品に対する反応の違いはありましたか?
この映画をたくさんの国で上映してきましたが、観客の反応はいつも違っています。日本では、大阪と東京、広島でも上映しましたが、『若き詩人』への反応に関して、最も嬉しい瞬間のひとつと言えることがありました。
この映画を見せるといつも、たいてい18歳か20歳ぐらいの青年が、彼らはシャイなので決まって上映後に(笑)、少し緊張しながらも私のところにやってきて、「僕はレミに似ている」って言うんです。「ノートを持っていて、詩を書こうとして……だからレミのことが分かる」と。日本で、特に青年たちから、そういう感想をもらうのはとても嬉しいです。
映画の中で「レミ」は闘っています、不器用かもしれないけど、彼はたくさんの挑戦をします。だからシャイな青年たちは、レミからプラスの気持ちを受け取るのだと思います。「よし、僕にも何かできる」と。
——他の国ではどうでしたか?
本当に様々です。ユーモアの感覚の違いはよく感じます。ある国では観客は大きな声でよく笑って「すごく面白い」と言い、また別の国ではあまり笑わず、もっと静かです。彼らはレミに対して鬱々としたものを感じるのかもしれないし、あるいは別の国の観客はレミをよりコミカルなキャラクターと捉えるのかもしれません。本当に反応は全然違いますね。
自分自身と密接な「内面的なテーマ」
——マニヴェル監督の映画はミニマリスティック(最小限主義的)で、繊細な印象を受けます。今回の映画でも主人公が自分自身と向き合う姿が描かれます。内面的なテーマを扱う理由はなんですか?
『若き詩人』の「レミ」は時にコミカルに見えますが、私は、自分自身と向き合い、悩みながら詩を書く、夏の間の彼の気持ちがわかります。それは私自身とも密接なことであって、私は「レミ」の行動が理解できる。
だからそういうこと(内面的なテーマ)について映画を作るのです。映画を作る時、私も「レミ」と同じ気持ちを抱くので、彼のことがよく分かる。18歳の「レミ」が、18歳だった頃の私に重なるということもあります。おそらく私の映画の何人かの登場人物は、このような傾向にあると思います。
——これまでのご自身の作品とは全く異なる映画を撮ってみたいと思いますか?
大規模な映画、ビジネスマンが出てくる映画、アクション、SF、ラブストーリー、など。
もし違うタイプの映画を作りたいと思っても、このような(『若き詩人』のような)映画を作ることになるだろうと思います。あなたが言ったように、ミニマリスティックで、多分繊細な。完全に違うスタイルの映画を作ることはできない、と思います。
例えば、新作『THE PARK』が今年完成して、来年日本でも上映したいと思っているのですが、『若き詩人』とはかなり違ったものです。ファンタジーの要素、それからラブストーリーの要素もあります。
でも、あなたが『若き詩人』で実際に認識したような私の映画の特徴は、変えられません。たとえ変えたいと思っても、自分自身の根本的な方法を変えることはできないと思います。
——最近は映画館に行かず、Netflixのようにパソコンで映画を観る人が増えています。このことについてどう思いますか?
問題ないと思います。ただ、もし本当の映画体験をしたいと思うなら、つまりより多くのものを感じ、いい音を聞き、いい映像を見たいと思う場合は、映画館に行くべきだとは思います。
私の場合は、映画を大きなスクリーンのために作っています。でももしそれがパソコンで見られるとしても、問題はないし、気にしないです。私も映画をパソコンで見ることがあります。
ただ、音や映像は映画館の方がより良い状態で存在しています。なので……残念、ではあります。
——最後に、現在進行しているお仕事について教えて下さい。
今年、最新作の『THE PARK』を完成させて、カンヌ国際映画祭で上映しました。今も世界中の様々な映画祭で上映されています。日本でも来年公開できればいいなと思っています。10代の女の子を主人公にした物語です。
あとは、来年2月に青森で撮影する予定の新しい映画の準備を進めています。ロケハンやキャスティングなど。これは、子どもについての映画になる予定です。
映画を作る仕事が好きで、「感謝の気持ちを持っている」と話されていたマニヴェル監督。1時間を超えるインタビューとなりましたが、こちら側の拙い英語に耳を傾け、時には「あなたはどう思いますか?」と私の考えも聞きながら、ひとつひとつの質問に丁寧に答えてくださいました。作り手側の意図や想いをしっかり伝えたいという姿勢が感じられ、そしてご自身の温かい人柄がにじみ出ていました。素敵でした……。
マニヴェル監督が2017年2月に青森で撮影予定の映画は、日本の若手監督・五十嵐耕平さんとの共作。日本は、そしてテーマである「子ども」は、どのように描かれるのでしょうか。楽しみです!(まゆこ)
「ManivelとIgarashi」Twitter @manitoiga / Web
■PROFILE
映画監督 ダミアン・マニヴェル(Damien Manivel)さん
コンテンポラリー・ダンサーとして活躍後、ル・フレノワ国立現代アートスタジオにて映画を学ぶ。2010年発表の3作目の短編『犬を連れた女』(2010)がジャン・ヴィゴ賞(フランスの映画監督にちなんだ賞で、若手監督に授与される)を、4作目となる『日曜日の朝』(2012)がカンヌ国際映画祭の批評家週間短編大賞を受賞し反響を呼んだ。初長編映画となる『若き詩人』(2014)はロカルノ映画祭審査員特別賞を受賞。
□『若き詩人』
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