vol.3 映画解説者 中井圭さん

「映画人の話を聞こう。」
映画チア部のメンバーが、映画業界で働く大人にインタビュー。
仕事内容だけでなく、仕事に対する想いやこれまでの道のりなど、
その人自身について深く掘り下げてお話を伺います。


第3回は映画解説者の中井圭さんにインタビュー。WOWOW「映画工房」「WOWOWぷらすと」シネマトゥデイ×WOWOW「はみだし映画工房」や「映画の天才」、そして昨年から始まった「偶然の学校」など、多方面で活躍されている中井圭さんに、ご自身の仕事に取り組む姿勢や、日本の映画業界の現状について語っていただきました。

中井圭さん


なぜ映画「解説」者なのか


――中井さんは「映画解説者」という肩書きで映画に関するお仕事をなさっていますよね。「映画評論家」「映画コメンテーター」という肩書きで活動されている方はたくさんいらっしゃいますが、映画解説者というのは中井さん以外にあまりお聞きしません。映画解説者を名乗るようになるきっかけは一体なんだったんでしょうか?

中井:そもそもはBIGLOBEで「シネマスクランブル」っていう映画ポータルサイトの編集長をやっていて、他にも色々映画のお仕事をするようになったんです。それで、シネマスクランブルが終わった時に何か名乗らなきゃいけないなってことになって。色々考えて、特段、映画を評論してるわけではないし、自分には映画評論家はちょっと大仰で固いなって思ったんですよ。

そもそも映画評論っていうのは色んな機能を持っています。ひとつには映画を紹介するというのもあるんだけど、その一方で映画や映画作家たちを鍛える機能や、その映画とは何だったんだということを解析することによって作品に新しい価値を付与するという機能も持っています。例えば蓮實(重彦)さんが小津作品を評論した時に小津作品における二階の話をされました。例えば原節子さんが二階に消えていく様を「二階とはなんなのか」という論を展開することで、作品自体を拡張する、映画に新しい価値を載せるということもするわけです。他にも作品を評論することによって作り手に新しい何かを示唆することだったり、今この瞬間もそうですが、歴史的に意味を持たせることも映画評論の仕事だったりすると思います。

――後世に、ということですか?

中井:はい。例えば『ブレードランナー』は、公開当時は興行的に駄目だったんですけど、作品そのものは再評価されて、今では傑作として評価されているという背景があります。『市民ケーン』も、アンドレ・バザン(「ヌーヴェルヴァーグの父」と評されるフランスの映画批評家。映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」初代編集長をつとめた)がリアリティのあり方などを含めて評価しなかったら、ひょっとしたら今のような形では映画史に残っていなかったかもしれません。たとえ興行的に振るわなかったとしても、この映画は実はものすごい価値があるものなんだってことを世に訴えるのも映画評論家の大切な仕事だと僕は思ってるんですけど、それには知識と経験とか、素養がものすごく必要であることは間違いないわけで、そんな映画評論家という肩書きを名乗るには、自分はまだまだやれてないことや及ばないことが多すぎると気付いたんです。まだまだ修行中の身なので。

そして映画評論の仕事より、今、僕がやりたい、そしてやらなきゃいけないと思っていることは、難しいことに対してわかりやすさと親しみやすさを与え伝えることで、一般のお客さんを劇場に増やすという事なんです。今、この瞬間に1本でも多くの人に観てもらえるようにしたいと思っています。そういう意味で、僕は映画の中で描かれている文化的な背景や歴史的背景、映画文化や技法のことなどをできるだけ理解した上で、映画ファンはもちろん、映画にあまり興味のない人に分かりやすく伝えるということをやりたいと思っているのと、できるだけ独善的な批判をせずに、作品の良いところや可能性を伝えたいと考えています。僕の中では、そういう仕事が映画解説なのかなと思ったので、「映画解説者」という肩書きを名乗ることにしました。

――まずはたくさんの人に映画を観てもらうことが大事だと、考えられたわけですね。

中井:そう思うに至ったのは、いち映画好きとして、同じように映画を好きになる人が増えると良いなという想いと共に、産業および労働としての理由もあります。いま日本の映画産業の市場って年間2100億円ぐらいなんですよ。大人の紙オムツをちょっと上回る程度なんです。でも紙オムツの市場は高齢化社会が今後進むから数年後には映画産業を抜く可能性があります。すごく規模が小さいんです。市場がその程度しかないのに映画自体は好きな人も多いから、必然的にそこに携わりたいって人も多い。さらに言うと、映画館で映画を観る延べ人口はだいたい1億6000万人ぐらいと言われていて、だいたい日本人平均で年間1.2本とか1.3本とかそのぐらいなんです、劇場で観てるのは。でも、実際に映画館に行ったユニーク人数で考えると3000万~4000万人ぐらいと言われています。つまり、8000万人ぐらいは劇場に足を運んでいないわけです。僕は日本の映画産業を2000億円市場から4000億円市場にしたいと思っているんですけど、そうするためには映画館に観に行かない8000万人を稼働する必要があるんです。映画ファンの観る本数を増やすことも当然大切ですが、1本も観てない8000万人が年間1本か2本でも観れば一気に映画産業って倍増するので、国内需要で大きく変えるにはそれをしないといけないんです。

しかし、映画に近しい人たちのアプローチは比較的内向きな場合もあって、普段映画を観ない人が映画から置き去りになっていることもあるかも、というのが僕の考えです。だから僕としては、映画が特に好きではない人に向けてもできるだけ関心を持てる形で情報発信し、ある程度でも良いので受け入れてもらえたらいいなと思っています。


普段映画を観ない人に面白い映画を届けるために


――中井さんが実際にやっていらっしゃる活動について具体的にお聞きしたいと思います。中井さんは「映画の天才」という活動をされていらっしゃいます。「面白い映画を、面白い人たちにもっと見せたい!」をコンセプトとして試写会などを定期的になさっていますが、いわゆる映画解説とはまた違った活動かと思います。そういった活動をなさっているのは、やはり映画業界全体を変えていきたいというところでやられているんですか?

中井:そうですね。最初のきっかけは内田けんじ監督の『運命じゃない人』です。内田けんじ監督がぴあフィルムフェスティバルで賞を取った時に、ぴあから2000万円くらい助成金をもらって作った作品で、めちゃくちゃ面白いんです。今、WOWOWの映画情報番組「映画工房」で一緒にやっている女優の板谷由夏さんも出られてたんですが、監督も板谷さんも主演の中村靖日さんも当時は今と比較するとまだ無名で。予算がなくて宣伝費も全然足りないという状況で、この作品を配給していたクロックワークスの人に「中井くん、ちょっと助けてよ」って言われたんです。僕は当時シネマスクランブルをやってたんで、もちろんそこで紹介できるなと思ったんですが、他に何かできないかと。それで仲のいいコピーライターの友達に相談して思いついたのが、僕の周りに面白くて影響力のあるインフルエンサーたちがいて、その人たち向けにぼく主催の面白い映画試写会をやって、観て面白かったら周りに言ってね、webとかで書いてねってことをしたらいいんじゃないかなと。それが「映画の天才」のはじまりです。だから、『運命じゃない人』のパブリシティをボランティアで手伝ったというのが最初です。面白い作品をちゃんと人に届けたいという。

映画って、やっぱり宣伝予算とか公開規模とか色んな問題で、ある程度は当たる当たらないが決まってくるんですよ。僕はそれが本当に嫌で。面白いものが正当に評価されないという状況が。そこで自分に出来ることってなにかな?って考えた時に、自分には大した力はないけど周囲のインフルエンサーの方々の力を借りながら、色々やっていこうと思い、始めたんです。「映画の天才」では、映画の規模、知名度や予算に関わらず、僕が面白いと思った作品をセレクトして試写をしています。試写の招待も自分でやっていますね。

――インフルエンサーというのは、具体的にどんな人たちを招待されているのですか?

中井:基本的に映画評論家とか映画ライターは呼んでないです。そういう人たちは普通にマスコミ試写状が届きますから。むしろ、ミュージシャンとかイラストレーターとかアーティストとかお笑い芸人とか弁護士とか華道家とか宇宙ベンチャーの人とか、本当に色んな人を呼んでいます。なぜかと言うと、彼らは、普段、試写を観ないからです。僕らは映画好きな人には情報を届けられるけど、普段映画観ない人には僕らの声を届けることはできません。でも例えば「映画の天才」の試写に来てくれたミュージシャンが映画について発信してくれたら、そのファンには情報を届けられるじゃないですか。そういったところを考えていかないと、やっぱり映画の裾野は広がらないので。あとは、俳優さんや女優さんにも観てもらっています。それは本当に良い映画を観ることで、何か今後の演技や作品選びの参考になればと考えています。


2016年は日本の映画業界にとってどんな年だったのか?


中井:「映画の天才」はそういった目的で活動をしているんですけど、やっぱり映画文化というか映画産業自体をもうちょっと盛り上げない限り、観客も映画業界で働く人も含めて全員不幸になるということも思います。特に労働においては、好きだけではどうにもならない。ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で言われていたように本当に「好きの搾取」がひどい世界だから。まっとうな形で産業が盛り上がって、みんなが楽しく長いスパンで映画に向き合えたらいいなと思います。今は映画監督とかスタッフとか、みんな全然儲かっていないです。ギャラの配分がおかしかったり。

――2016年は『淵に立つ』の深田晃司監督や、是枝裕和監督がそういった日本の映画業界の内情についての発言が注目を集めました。それまではあまりそういった話というのは世の中に出ていなかったと思うのですが、2016年というのは映画業界の働き方の変わるきっかけとして重要な年だったという事でしょうか。

中井:2016年というのは、日本映画が力を持っていた、しかもオリジナル脚本のオリジナル作品が力を持っていた年なんですよ。深田監督は「独立映画鍋」という活動に関わっている方だからその中では発信していたけど、まだ世間的に知名度が低かったから世の中の大きな流れにおいては反応は弱いんですよ。でも『淵に立つ』で権威あるカンヌ国際映画祭で賞を取った。それはやっぱり大きくて、深田さんは良い意味で権威になったと思います。そういう人が日本映画の製作の現状はこうだと訴えたわけです。是枝さんもカンヌで賞を取って権威になった。みんなそういった問題は分かってるんだけど、あるべき姿などの大義を発信してもまずは「結果を出せよ」ってなってしまう。おふたりとも結果を出したから影響力があるんです。おふたりは、単に労働環境というよりも映画製作にあたっての助成や資金分配などを含めたお話をされていましたね。2016年は日本映画豊作の年と言われましたけど、オリジナルで面白い作品が同時多発的に発表されて、タイミングが合致したんだと思います。そういう注目を集める流れの中で、言うべき人が発言をしてみんなが認知した、ということだと思います。

――2016年は、真利子哲也監督の商業デビュー作品『ディストラクション・ベイビーズ』が公開されたときに、これから日本映画の色んな流れが変わるのかなと感じました。宣伝もそういった点を強調していた気がします。新人監督の作品がある程度全国規模で公開できるようになって、流れが生まれたという事でしょうか。

中井:そうですね。真利子哲也監督だって『ディストラクション・ベイビーズ』はもちろんだけど、『イエローキッド』とかもすごく良かった。けど、やはり単発だと流れを生むには厳しい部分があって、みんながいいタイミングでいい作品を連発したと思います。

あと、労働環境の話に戻りますが、社会背景として日本人の人口が減って、日本自体が斜陽になっているというのも影響があると思います。先日、電通の新入社員の過労自殺という痛ましい事件があって大きな問題になってるじゃないですか。今回、ソーシャルメディアによる事態の可視化はこの問題の波及面で大きな影響を及ぼしましたが、それとは別に、おそらく社会の風潮として、これが10年前だったらこういう形での問題にはなってないと思うんです。だけど今、新生児が100万人切ったっていう状況で、これまではぼんやりと経済発展という右肩上がりや横ばいがまだあるんだということを前提に考えていたわけだけど、もはやそうではない。単にお金が儲かるとかそういうことではない価値観を生活の中から見出す必要が社会の課題としてあるんです。そういう時に長時間労働というのは、前時代的なものなんです。経済成長のイケイケドンドンの時には通用していたけど、もうその状況は来ないから。人の生活は何が大切なんだということを考えないといけないところで、色んな問題が取り上げられるようになったわけです。映画だって、携わる人が「苦しいけど(映画が)好きなんだから我慢して頑張れよ」で通用していたのが、「いやいやそうじゃないよね」という、社会の流れの中でオッケーではなくなったわけです。そうじゃないとメディアが取り上げないですから。

――記事にしたら今の状況だと読まれますもんね、みんな気になるし。

中井:そう。僕は新聞は毎朝全紙読んでるんですが、新聞は何を取り上げるかというと基本的にストレートニュースなんて継続的には取り上げないわけです。いま世の中として注目されている社会全体の流れ、文脈に関わりのある事物を記事として取り上げるんです。例えば今だったら人工知能とか記事として取り上げられやすい、IoTとか。それに長時間労働とか賃金の問題。そういうものを社会全体が意識している中で、映画業界の労働環境や賃金の問題も注目されているという事だと思います。



自分の関心のないことに、どう向き合うか


――中井さんは、日本の映画業界の何が一番問題だと思われますか?

中井:映画界としてお金が儲かっていないことだと思います。産業として無理がある。日本だと東宝ぐらいだと思います、映画で大きく儲かっているのは。国内メジャーの東宝・東映・松竹の3社は、どこも映画以外の事業もやっている。松竹なら歌舞伎があるし、東宝や東映は演劇だったり不動産を持っていて、映画が儲からなくても収益を得る仕組みがあります。映画においては、東宝は子会社のTOHOシネマズの存在も大きいです。TOHOシネマズという会社が劇場を持っていて、その劇場がかなりのスクリーン数を持っていて、しかも絶妙な場所にあるんです。番組編成的にも劇場の力がめちゃくちゃ強い。東宝は、もちろん企画力もありますし、マーケティングもすごい上手なんですよ。一方で、他の映画会社の中にはかなり厳しいところもあると感じます。中小規模になると非常に不安定な部分もあるし、休みもあまりとれないことも多い。もちろん休んではいるけど、年間に50本近く映画が公開される会社もあって、50週末新作が公開って状況になると、働いている人は何本担当して何時まで働いていつ休むんだという話で。かなりきつい労働環境で、給料は時給にすると最低賃金のバイトみたいな金額で働いている人もいる。じゃあなぜそんな環境で働けるのかっていうのは、「映画が好きだから、我慢できちゃう」っていう文字通りの「好きの搾取」なんです。僕はやっぱりそれは不健全だと思っていて、他の業界だったらすでに破綻しているであろう「好きの搾取」によって成り立ってしまっていることが、映画業界の問題だと思います。

――でも、好きだから多少つらくても続けられてしまうという意識を変えていくのは、簡単ではないですよね。我慢できてしまうわけですから。

中井:そう、だから僕は意識自体を変えることは難しいから、産業自体が盛り上がれば人も増やせるだろうし、もう少しゆとりができるじゃないですか。そっちをやらないと駄目なのかなと思っています。映画が好きだからこそ、誰かの無理や我慢の上にかろうじて成り立つのではなく、より健全な形で観客や映画スタッフ含めて、みんなが幸せになる形を模索する必要があります。そのほうが、きっと作り手にも才能が集まり、より良い映画を観客も観ることができるのではないかと思います。

ほんのちょっとだけ関係した話ですが、人の意識を変える、視野を広げていくという意味では、僕は去年から「偶然の学校」という企画をやっているんですけど、そのテーマは「自分の関心のないことに関心を持とう」ってことなんです。20~30名程度のメンバーが毎月一回集まって授業を受ける、それを一年間やるんですけど、どういった分野について、どんな先生が来るのかは事前に知らせないんです。当日に実際に授業を受けるまで分からない。僕が企画したイベントだから映画関連の企画なのかなって思う人も多いけど映画とは全然関係がないんです。人は関心のあることにしか関心がないっていうことをこの何年かずっと思っています。そして、世の中で起きている多くの問題は、興味のないことに対する無関心が下支えしていると感じています。シリアが世界的に大変なことになっているけど、日本人で気にしている人ってどれくらいいるんだって考えると、自分の関心から一歩出たことに対して、無関心な人が多いと感じます。当事者以外には誰が不倫したとかよりも重要な事があるのではないかと感じます。

映画の場合でも、映画のことだったら何でも関心があるんだけど、映画から一歩出ちゃうと急に興味失うことってありませんか?でも、映画が描いてるものって大体のことは映画以外のものじゃないですか。つまり、映画のことを知ろうと思うと、映画以外のことも知らないと分からないんです。だから映画しか観ない人が、映画の本当のところにたどり着くのは難しい部分があるのではないかと思います。映画を観る上においても、世の中のいろんなことを知ってほしいし、それが回りまわって映画に帰ってくると思っているので。

――今の映画業界が色々問題を持った業界だというのは分かったんですけど、では今の学生で、映画の仕事に携わりたいなって思ってる学生は、どうしたらいいと思いますか?

中井:携わるには、どんなアプローチでもいいから、とにかく映画業界に入ればいいんですよ。バイトでもインターンでもなんでも映画界で働けばいいんですよ。でも、ここまでお伝えしてきたとおり、何をやりたいかもう少し突き詰めた方がいいんだろうなって思います。たとえば最大手の東宝に入ってゴールとか、もう今そんなこと考えてたら駄目だと思うんです。今の映画業界全体のことをちゃんととらえた上で、5年後10年後に日本の映画ってどうなってるかということをちゃんと考えた方がいいですよ。今だったら単に映画会社だけじゃなく、NetflixやAmazonっていう選択肢もある。

――でも、現状として就社することも簡単ではないですよね。まずアルバイトから始めないといけないという現状がけっこうあるかと思いますが。

中井:大手は普通に新卒採用があるけど、特に中小規模はまず新卒は取らないですね。よく聞くケースは、映画館でバイトしてたとか、インターン行ってた子がバイトで入って、そこから契約、最終的に社員というパターンが多いです。ただ、そこにも往々にして「好きの搾取」が成り立っていたりします。採用の過程で、普通に考えてちょっとした無茶も、業界慣れしてまかり通ってしまう。でも映画業界全体がバランス良く2倍儲かれば、もうちょっと人を雇ったり給料払えたりちゃんと休めたりするわけです。それを業界の中にいる僕らみたいな人間はやらなきゃいけない。状況を改善するためには、まずはもっと魅力ある映画をわかりやすくお伝えして、お客さんに映画を観てもらうしかないと思っています。


これからの映画をめぐる環境はどう変わる?


――日本の映画業界全体が産業として盛り上がるとしても、それは1年後2年後とかではなく何十年後の話になりますよね。

中井:少なくとも1,2年後ではないとは思うけど、今は過渡期に来ていると思います。日本の人口が減ってきているから、必然的にマーケットを広げる手を考えないといけない。良いも悪いも日本の映画産業の規模感って世界でトップ5くらいに入るから、東宝みたいな大手だと国内需要で回るし儲かるんです。大手の多くの作品に人気少女漫画の原作があったりするけど、その原作や主演の俳優さんがすごく好きな日本の高校生や大学生などを対象に受ける作品を作れば、そこそこ儲かるぞっていうのが経験則やノウハウから見えたりしています。しかし、それは大抵、日本の観客にローカライズされた作品で、世界に通用しません。しかし、今後、中長期的に、日本の人口が減っている状況では国外に目を向けるしかないんです。ハリウッドは映画を作るのに100億円とかめちゃくちゃお金を使うわけですが、それはアメリカ国内だけでなく英語圏はもちろん、英語圏以外の国だってマーケットの対象になっているからです。北米がやっているようにマーケットを世界規模で考えると日本の映画産業も、人口自体が減ってもなんとかなる余力があるんです。まずは中国やインドのアジア圏だと思います。世界的に市場がすごく伸びてるし、特に中国はめちゃくちゃでかいから例えば中国と日本が合作で映画を撮って両国公開とかにするなど契約を含めた組み方を考えることで状況は変わると思います。日本の最大規模の興行スクリーン数って例えば『ハリー・ポッター』級の作品でめちゃくちゃ開けて7~800スクリーンなんです。でも中国だとそこそこの規模の作品で7~8000スクリーン開けられるんですよ。そういった意味で劇場の桁自体が違うし、アメリカの最大のシネコンチェーンって株主が中国企業だったり、映画業界の中で中国がすごい力を持っているんです。

――中国での『君の名は。』大ヒットは、日本が海外をマーケットの視野に入れるきっかけになりうると言えますか?

中井:なると思います。ただ『君の名は。』は中国が東宝から権利を数億円で買った買い切り型なんで、中国でどれだけ儲かっても東宝には最初に決められたお金しか入ってこないです。レベニューシェア(共同事業などにおける収益の分配方法の1つ。売り上げや収入を参加者間であらかじめ取り決めた比率に従って分配する方式。)が出来る作品はハリウッド映画とかだったら可能だけど、そもそも日本のアニメーションって中国で全然知名度がないから最初の契約は買い切りしかない。でも今後向こうと一緒に作っていくにあたって契約の仕組みも変わるだろうし、いずれレベニューシェアも出来るようになると思います。日本は今、とにかくマーケットが小さすぎて分与する余力もないわけですが、1本あたりの興行収入が100億、200億となってくると、お金に余力が生まれてきてお金の使い方や契約のあり方もいずれ変わるってくると思います。

――最後の質問になるのですが、映画チア部は同世代の学生に関西のミニシアターの魅力をもっと知ってもらう、映画館に来てもらうってことを目的に活動していますが、活動の中で東京と地方のギャップというのをすごく感じます。東京では連日トークショーも開催したりするけど地方にその映画がやってくるのは半年、一年後みたいなことはよくあります。東京の公開時の熱量みたいなものが地方に来る時にはすっかり消えてしまっているという状況をどうすべきなのかと思うのですが、なにか考えはありますか?

中井:僕も関西出身で、関西で映画を観ていた人間なので寂しさがよくわかります。ただ、仕方ない部分もあって、興行というのはスクリーン数を多くして打てば当たるというものでもないんですよ。予算が投下できる範囲である程度数を絞って、まずお客さんをなるべく集めて話題にして、そこから地方にムーブオーバーしようっていう戦略もあります。例えば東京含めた政令指定都市で一気に公開となるとスポットCMを打つのにも大変なお金がかかるわけで、絞らざるを得ないといけない部分があるんです。興行でちゃんと劇場を埋めないといけないから、現実的な公開規模を考えるのは残念ながら普通なんです。

これも話がそれますが、東京でのミニシアターの熱気で言うと、例えば無名の若手監督の作品が公開されて映画館に行ってみると結構埋まってるのですが、熱心なお客さんはもちろんいらっしゃると同時に、その監督の友達がたくさんいます。小さい劇場の1週間レイトとかならそれでなんとかなったりします。お互いに観あうことで埋めていくというサイクル。だから東京も熱気があるかっていうと、そういう作品も当然あるのだけど、意外と関係者に依っている部分がないわけではありません。たとえば『この世界の片隅に』のようなずば抜けた傑作の場合は、地方に来るときにもまだ熱気を保っていると思います。ただ、僕も関西に住んでたので身に沁みて思いますが、東京が今のところメディアの中心なので東京で何かが起きないとなかなか地方に伝播しないっていうのはある。これを改善しうる方法としては、やはり配信だと思います。僕はこれから映画館のスタイルが変わってくると思うんですよね。劇場で観るっていうのももちろん体験としてあるけど、配信で観るっていうのもどんどん増えてくると思いますね。

――アップリンククラウドのようなものが主流になってくるという事ですか?

中井:主流になるかは別にしても、劇場公開の形は変わると思います。例えばNetflixで『最後の追跡』という作品があるんですが、日本では配信だけなんです。でもクオリティは完全に映画クオリティで、そういう配信が浸透すると地方に住んでいるから遅れて公開されるという物理的ハンデもなくなると思います。

もちろん映画館で大勢と一緒に映画を観るというあの体験は間違いなく損なわれるとは思います。寂しさはありますけど、変化を無条件にネガティブに捉えてしまう傾向があるのは良くないと思ってて、どう前向きに生かしていくかってことも大事な気がします。映画史を振り返ってみると最初は1895年前後に『列車の到着』や『工場の出口』みたいな映画があって、クルクル回すシネマトグラフがあったわけです。そこから色や音が付いて3Dになったり座席がゆれたりと変化しました。仮に、今に至るまで映画がシネマトグラフのままだったら僕たちは今のように面白いと思えたのかというと、多分そこまで面白くないわけですよ。かつてもサイレントからトーキーに変わるときにも一部に批判にさらされましたが、僕は変化を受け入れて映画が進化してより面白くなったと思うので、環境の変化自体をあまりネガティブに捉えるのは良くないと思います。もちろん僕も劇場体験の重要性はこれからも語りますけど、配信は配信で新たな面白さがあるんじゃないかなと思ってます。

(こ)


■PROFILE
中井圭
映画解説者。兵庫県出身。WOWOW「映画工房」「WOWOWぷらすと」シネマトゥデイ×WOWOW「はみだし映画工房」や「映画の天才」、そして昨年から始まった「偶然の学校」など、多方面で活躍。
Twitter:https://twitter.com/nakaikei
映画の天才:http://eiganotensai.com/

映画チア部

神戸・元町映画館を拠点に関西のミニシアターの魅力を伝えるべく結成された、学生による学生のための映画宣伝隊。